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紫色の背景

入門編 8

 

性売買を合法化した国何が起きたか?

性の売り手の安全と尊厳を確保するためには、性売買の合法化が不可欠だという意見があります。しかし、ドイツやオランダなど業者を合法化した国の実情を見ると、権利が拡大したのは業者と買春者で、性の売り手は、より過激な「性的サービス」を強いられるようになり、安全も尊厳も確保されていません。その実態を詳しく見てみましょう。

​目次

はじめに

 

性売買の「合法化」とは、性を売る行為、買う行為だけでなく、性売買店の経営や斡旋など業者の活動も合法化することを意味します。性売買が合法化されると、不特定の相手に性を売るのは正当な労働として、性売買業者の行為は正当な経済活動として扱われることになります。また、お金で買って行なう性行為も、正当な性的消費行動として認められます。性行為が生きるための仕事となったり(売り手の場合)、富を築くための手段となったり(業者の場合)、お金で買って欲望を満たす商品となったり(買い手の場合)し、それに国がお墨付きを与えるのです。

2000年前後に性売買を合法化した国に、スイス(1992)、スペイン(1995)、オランダ(2000)、ドイツ(2002)、ニュージーランド(2003)※があります(☞世界地図)。これらの国はすべて合法化する以前は廃止主義、つまり業者の営業活動を処罰し、性を売る行為と買う行為は不処罰という法制度でしたから、性売買の合法化とは実質的には「性売買業者の営業活動の合法化」を意味しました。これは合法化論の盲点なのですが、その妥当性を考察する上では常に念頭に置く必要があります。

ところで、日本も戦前は「公娼制度」を持っており、性売買を合法化した国でした。敗戦によって、占領軍から公娼制廃止覚書(1946年1月)を出され、「売春防止法」(1956年)を制定しましたが、性交類似行為等をさせる性風俗営業を認めており(☞法律編「風営法」)、戦後も日本は文字通り「性売買大国」のままです。また近年では、性売買の完全な合法化を求める「セックスワーク論」が盛んに唱えられており、以下に述べる性売買合法化国の現状は、日本と無関係な遠い外国の話ではありません。

権利が拡大するのは業者と買春者

性売買とくに業者の活動が合法化されると、性売買店の経営や斡旋は正当な「ビジネス」となり、店舗経営者や斡旋業者は「ビジネスマン」になります。業界大手の経営者は、成功したビジネスマンとして社会的な地位を築き、メディアで持ち上げられたり、政治家になったりした例もあります(オーストラリア・ビクトリア州議会議員を務めたポルノ産業協会会長のフィオナ・パッテン、アメリカ・ネバダ州議会議員に当選した性売買店経営者デニス・ホフなど。ネバダ州は、後述のように、一部の郡がアメリカで唯一性売買を合法化している)。

また、買春者は、合法的な産業を利用する「お客様」になります。ドイツの性売買経験女性は、買春者について次のように述べています。

 

 

 

 

 

 

政治家や官僚、警察官、マスコミ関係者、学者など、社会的影響力のある人びとも買春するため、性売買を肯定・促進する政策や報道、研究が増えていきます。先ほどのドイツの性売買経験女性は言います。

 

 

 

性売買が合法化されることによって生じる、もう1つ顕著なことは、性売買の広告が街にあふれるようになることです。ドイツでは、以下の写真のようにバスやタクシーが、大手の性売買店の広告を掲載して走っています。

 

 

 

<上の写真:大規模性売買店の1つ「アルテミス」の広告をつけているベルリンのバス。   出典:ショーン(2016)>

 

 

<上の写真:ドイツ最大の性売買店の1つ「パシャ」の広告をつけて走るケルンのタクシー。出典:ショーン(2016)>

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合法化された性売買は、女を買ってもいいという合図を買春客に送るものです。買春客であることはドイツでは恥ずべきことではありません。・・・・ドイツにいる男性の多くが買春者です。ある研究が示すところでは、〔男性の〕4人のうち3人が少なくとも1度は買春したことがあるとのことです。合法化されているので、彼らはそこに行き、ただそれを行なうのです。

モウ&スポレンダ(2017)

私の最初のヒモは警察官でしたし、多くの警察官が私の客になりました。中には、人身売買事件を担当している者も何人かいました。・・・・買春者であるこれらの警察官や政治家たちは、買春者にとって利益になるように判断を下すのです。・・・・性売買店の経営者をテレビ番組に招いたり、彼ら自身に独自の番組制作を任せたりすることで、私たちの社会は、女性をお金で買うことの受容を新しい水準に引き上げたと思います。

モウ&スポレンダ(2017)

性の売り手の安全や尊厳は守られない

 

性売買を合法化することの目的として一般的に掲げられるのは、そのほうが性の売り手の安全や尊厳がより確保される、ということです。

しかし、1で述べたように、2000年前後にいくつかの国で起きた性売買合法化とは、業者の営業活動の合法化でした。よって問題は、業者の活動を処罰するよりも、合法化するほうが本当に性の売り手の安全と尊厳が確保されるか、ということです。

 

ここでは、2002年に性売買を合法化し、「ヨーロッパの売春宿」と呼ばれるほど性売買が盛んなドイツで起きたことを紹介します。ドイツでは、2009年に「定額制」の性売買チェーン店が登場しました。「定額制」とは、「食べ放題」の飲食店と同じように、一定の代金を払えば性行為が「やり放題」というサービスのことです。以下の写真は「プッシークラブ」という店の広告で、こう書かれています。「すべて込み込み! 番号を入力するだけですべてのサービスを楽しむことができます! 70ユーロから。夜の部は100ユーロ」(出典:ショーン、2016)

定額制の店のオープン初日には、約1700人もの男性が行列を作ったことで話題になったといいます。ほかにも、1人の売り手に同時に複数の客の相手をさせる「輪姦プレー」というサービスもありました。買春者にとっては「お得」で、満足感を与えるであろうこれらのサービスは、しかし、売り手にとって過酷です。多くの売り手が「疲弊、痛み、怪我、感染症」に倒れたため問題となり、ドイツ議会は2016年、それらの「サービス」を法律で禁止しました。

このドイツの例が示していることは、性売買業者の営業を合法化すれば、どこでも生じうる次のような単純で自然な事柄です。

性売買業者の営業の合法化〉

       ➡〈買春客の増加〉

      ➡〈新規事業者の参入〉

     ➡〈業者間の競争の激化〉

     ➡〈性の売り手の安全や尊厳を考えない安くて過激なサービスの提供〉

     ➡〈性の売り手の安全と尊厳の侵害

ここで、アメリカの被害者を支援している女性が述べている重要な指摘を紹介します。そこで言われている性の「搾取者」とは、買春者と業者の両方を指しています。

 最後に、「北欧モデル」立法をすすめるNGO「ノルディックモデル・ナウ!」のウェブサイトに掲載されている重要な資料を紹介します。それによると、性売買合法化国のドイツ、オランダ、スペインでは、性売買が合法化された後でも、性を売る女性がヒモや買春者から毎年4~5人ほど殺されているそうです。これに対して、業者の営業活動と買春を処罰する「北欧モデル」立法を採用したスウェーデンでは、立法後、性を売る女性で業者や買春者に殺された人は1人もいないというのです。どちらの法制度が性の売り手の安全を守るのかを、はっきり示していると言えるでしょう。

〔性売買を合法化して〕新たに「法的保護」が与えられたとしても、どんな場合でも常に、性売買の中の人びと〔性の売り手〕に対して身体的・心理的・感情的トラウマを与えるのは、〔性売買の禁止ではなく〕搾取者なのである。                               ヴァファ(2019)

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<出典:Nordic Model Now! (2016)>

性の売り手への偏見はなくならない

性売買の合法化を主張する人は、合法化よって性の売り手への偏見がなくなるとも主張します。ここでも冒頭で述べたこと、つまり「合法化」とは「業者の営業活動の合法化」を意味することを忘れてはなりません。問題は、違法だった性売買業者の営業活動を「合法化」することによって、はたして性の売り手への偏見がなくなるのか、ということです。

2003年に性売買を合法化したニュージーランドでは、政府が合法化から5年後の報告書で、合法化によっては性の売り手への偏見は減らなかったと述べています。

 

ドイツの性売買経験当事者も、性売買業者の営業活動が合法化されても、性の売り手は社会から「無価値」で「道徳的にいかがわしい」とみなされたままだと述べています。

〔合法化されても、性を売る女性たちは〕依然として無価値な存在として扱われています。セックスを提供することは道徳的にいかがわしいことであるとあいかわらずみなされてい〔ます〕。

モウ&スポレンダ(2017)

非犯罪化​〔本サイトでは合法化〕にもかかわらず、性の売り手が性産業に関わったことによる社会的な偏見は減少していない。

ニュージーランド政府(2008)

合法化は違法店を増加させる

 

性売買を合法化した国で共通して起きていることは、合法店の増加だけでなく、違法店の増加です。性売買の合法化は、法が定める衛生基準や立地規制などの条件を満たした店に営業を許可します。しかし、条件を満たすには一定のコストがかかるため、それを免れるため、許可を得ずに営業する違法店が、合法店の周囲に生まれるのです。

ニュージーランドでは、「非合法に運営されている店の数は、正式に許可された店の4倍もの数にのぼっている」(ビンデル、2018)と指摘されています。

アメリカ・ネバダ州でも同様です。ネバダ州の17つの郡のうち、性売買が合法化されているのは10郡だけで、残り7郡では禁止されています。カジノの街として有名なラスベガスは、性売買が禁止された郡に位置しているのですが、ネバダ州の性売買行為の約90%がラスベガスで行なわれていると言われます。合法郡にある21の店舗で働く女性は1000 人ほどですが、ラスベガスで働く女性はその30倍の約3万人に上ると推定されています(ビンデル、2018)。

 

そもそも、合法化の根拠は、「業者が違法だと働く女性の安全が守られない」ということでした。しかし、性売買を合法化すれば、合法店をはるかに上回る数の違法店が生まれるのが常であるとしたら、合法化する根拠が崩れることになります。

人身取引が促進される

性売買を合法化した国では、人身取引が拡大することも指摘されています。たとえばオランダでは、次のように言われています。

アメリカ・ネバダ州については、次のように言われています。

ニュージーランドも同様です。

 

合法化は、買春の需要を喚起し、産業規模を増大させ、合法店だけでなく違法店をも増加させます。違法店は、しばしば人身取引の被害者の終着点になります。買春客には、店で性を売っている女性が人身取引の被害者なのかどうか見分けがつきませんから、気にもしないでしょう。性売買の合法化が、人身取引の増大を招くのは必然と言えます。この点でも、性売買の合法化が性の売り手の安全を保障する、とは言えません。

〔人身取引があまりにもひどくなったために〕法改正からわずか3 年で、政府は路上で取引可能な性売買地域の閉鎖と、「飾り窓」許可証の数を制限し始めた。

ビンデル(2017)

アメリカの人身取引ホットラインの報告によると、2012 年以降、ネバダ州の人身取引件数は年々増加しており、2017年は199件を記録した。・・・・しかし、合法化された性売買店の擁護者たちは人身取引を「セックスワークのための自発的な移住」と再定義することによって、問題を避け〔ている〕

ビンデル(2018)

〔性売買を合法化した〕性売買改革法が成立してからというもの、ニュージーランドは性的人身取引業者の安息所となり、子どもの商業的性搾取のような犯罪行為とますます結びつくようになっている。

バルトッシュ(2019)

 

性の売り手の過半数は移民

 

性売買を合法化した国では、性を売る女性の過半数は外国からの移民となっています。ドイツやオランダなど西ヨーロッパの合法化国では北アフリカや、とくに冷戦後は東ヨーロッパからの移民が、オーストラリアやニュージーランドでは東南アジアからの移民が多数を占めています。ドイツについて、次のように報告されています。

オランダに関して、次のように指摘されています。

オーストラリアでも、「売春女性の約40%がアジア系であると推定されている」(ノーマ、2022)。

移民の問題は、人身取引の問題とも密接に結びついています。性を売っている移民女性の中には、人身取引の被害者が多く含まれているからです。そうでない場合でも、移民労働者は、母国との経済格差や言語の不自由さから、違法で不利な条件を受け入れざるをえないなど、業者からの搾取にあいやすいと言えます。豊かな国での性売買の合法化は、周辺の貧しい国から、安全と尊厳を十分に保障されない、移民の性の売り手を引き寄せます。この点でも、性の合法化は、性を売る人の安全確保にはつながりません。

〔アウグスブルクの警視ヘルムート・スポーラーによると〕女性たちの90%以上が南東ヨーロッパとアフリカの出身者であり、半分が20歳以下である。

ロレンツ(2019)

性の売り手の3分の2は外国人で、ほとんどは非合法に滞在しており、経営者はだれも彼女たちを登録していません。

ビンデル(2017)

 

まとめ

「性売買の合法化」という主張で気をつけなければならないのは、それがしばしば(性の売り手ではなく)業者の営業活動を合法化するという主張であることです。

従来違法であった性売買業者の営業活動を合法化した国では、相変わらず性の売り手は偏見にさらされている一方で、買春者が増え、業者間競争が激しくなる結果、低い賃金で過激なサービスを強いられる売り手が出てきたり、人身取引の被害者が増えたりしています。

このような性売買合法化国の実態が示していることは、性の売り手の安全と尊厳を守るためには、性売買業者の営業活動を合法化してはならない、ということです。その逆に、業者の活動は違法なままにした上で買春者処罰を導入して性売買の「需要」を抑制し、その一方で性の売り手は性売買から離脱できるように経済的・職業的支援やトラウマケアなどを提供する(供給も抑制する)「北欧モデル」の法律であることを示しています。

 (2024.3.8)

〈参考文献〉

  • フシュケ・モウ&フランシーヌ・スポレンダ(2017)「ドイツの売春合法化は何をもたらしたか」ポルノ・買春問題研究会『論文・資料集』12号(2019)※以下からダウンロード可https://appinternational.org/2020/04/06/app-journal-12/

  • マヌエラ・ショーン(2016)「売買春を合法化したドイツの恥ずべき実態」ポルノ・買春問題研究会「国際情報ウェブサイト」https://appinternational.org/2020/08/03/legalization-has-turned-germany-into-the-bordello-of-europe/

  • ヤスミン・ヴァファ(2019)「売買春の非犯罪化をめぐるワシントンDCの攻防」ポルノ・買春問題研究会『論文・資料集』12号(2019)

  • Nordic Model Now! (2016), FACT: Prostitution is inherently violent https://nordicmodelnow.org/facts-about-prostitution/fact-prostitution-is-inherently-violent/

  • ニュージーランド政府(2008),Ministry of Justice, Report of the Prostitution Law Review Committee on the Operation of the Prostitution Reform Act 2023, https://prostitutescollective.net/wp-content/uploads/2016/10/report-of-the-nz-prostitution-law-committee-2008.pdf

  • ジュリー・ビンデル(2017)「なぜ売買春は合法化されてはいけないのか」ポルノ・買春問題研究会『論文・資料集』12号(2019)

  • ジュリー・ビンデル(2018)「投票で賛否を問われるネバダ州の合法売春店」ポルノ・買春問題研究会『論文・資料集』12号(2019)

  • ジョー・バルトッシュ(2019)「北欧モデルに向けたニュージーランド女性活動家の挑戦」ポルノ・買春問題研究会『論文・資料集』12号(2019)

  • ヒルケ・ロレンツ「ドイツにおける売春帝国の台頭と没落」ポルノ・買春問題研究会『論文・資料集』12号(2019)

  • キャロライン・ノーマ(2022)「『ゲイシャ効果』──欧米は日本の性産業をどのように利用しているか」ぱっぷす編『ポルノ被害の声を聞く──デジタル性暴力と#MeToo』岩波書店(2022)

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