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紫色の背景

入門編 2

性を買われる/売る女性たち

懸命に生きる人たち――性売買女性の声を聴く

 

性を買われる/売る女性たちは、様々な理不尽にさらされながらも、懸命にそれぞれの人生を生きている人々です。性売買をするようになったきっかけが何であれ、性売買女性自身が批判・差別されたり、ましてや処罰されなければならな理由はどこにもありません。批判されるべきなのは、彼女たちに性を売らせて利益をあげている性売買業者と買春者です。

懸命に生きる人たち――性売買女性の声を聴く
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買春の相手をするとはどういうことか

買春の相手をするとはどういうことかを知るためには、私たちは性売買当事者女性たち自身の発言に真摯に耳を傾ける必要があります。買春現場で何が起きているのかを本当に知っているのは彼女たちだからです。

 

しかし、性売買女性たちが、そのつらさを発言しにくい原因がこの社会にはあります。原因の1つ目は「風俗嬢は不道徳だ」などといった世間の偏見です。「楽してお金を儲けている(のだから​、どんな目にあっても自己責任だ)」などの偏見もあります。

 

2つ目の原因は、「性風俗は、他の職業と同じように商売なのだし、どの職業にもつらいことはあるのだから不平を言ってもしかたない」といったような風潮です。こうした状況では、客の買春の相手をすることがとてもつらいと思っても、それを言葉にすることは困難です。だから、性風俗店や買春客など性売買を肯定する人たちの前では、何ともないふりをしたり、笑顔で接客するしかなく、つらい気持ちを言葉にできずにいる性売買女性たちが少なくありません。

 

買春客の相手をするつらさを安心して言えるような安全な環境をつくり、彼女たち自身の声に、敬意を持って耳を傾け、ともに悩み考えることが必要ではないでしょうか。

 

買春の相手をするとはどういうことか

 

韓国では、性売買から脱したいと希望する女性たちを支援する長年のフェミニズム運動の結果、性売買を経験した女性たち(性売買経験当事者ネットワーク・ムンチ)が、自分たちの経験や性売買業者・買春者の実態を安心して公に語ることができる環境がつくられてきました。彼女たちの声を聞いてみましょう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

また、韓国・大邱で長年にわたり性売買女性の脱性売買支援に取り組んで来たシンパク・ジニョンさん(2022)は言います。性売買女性たちは、買春者の毛深い性器等で膣内を傷つけられたり、客の好む体位を強要されてあばら骨に激痛が走ったり、買春者の体臭に吐き気を催したり、性感染症に感染させられたりする。それに加えて侮蔑的な暴言や暴力にも耐えて、一日に何度も買春者を射精させなければならない。シンパクさんは言います。性売買女性として生きていくということは「他人の性的嗜好に道具のように使われることを繰り返す過程」であると。

 

買春の相手をすることがどれだけ不快かを主張する女性たちは、日本にもいて、ツイッター等でさかんに発信しています。たとえば、毎日新聞のインタビューを受けて語ってくれた「なまぽちゃん」さんの発言を聴いてみましょう。生活保護を支給されるようになってようやく性風俗店をやめることができた「なまぽちゃん」さんは言います。

 

 

このほかにも、性売買女性の声をあげてみましょう。

毎日お腹痛くなりながら出勤して、ドブ臭い口に笑顔でキスして歯周病もらって」

「性を切り売りする度に尊厳は削られる」「結局普通のOLより貧乏だった。(新型コロナで)お客さん少なくて暇なんだからもっともっと出勤しなきゃ出勤しなきゃ出勤しなきゃ、そんな時に性病検査の結果、クラミジア陽性」(「生活保護で風俗やめられた」毎日新聞デジタル版2021/8/19 )

「酒に酔った客のアレ〔精液〕を出させるために体でできるあらゆる行為をしなければいけないし、それでも出ないときはお金を返さなきゃいけないし、あらゆる不快な行為を体で耐えなければいけませんでした。彼らの要求に応じられない場合、暴力を受けることが一日に何度もあるその場所は決してレストランで仕事をすることと同じではなく、工事現場でレンガを積むことよりもラクではなく、コンビニでアルバイトするよりも多くのお金を稼ぐとはいえないと思います。苦しい生活に借金を作り、暴行、暴言、脅迫にむしろ死んでしまったらという思いが一日にも何度も浮かぶ場所〔が性売買の現場〕です」(2019/10/20「ムンチの話を聴く会」での発言。また、ムンチ(2023)参照)

「客とのセックスは、正直気持ち悪い。苦痛でしかない」

「キスは絶対NG。キモいから」

「買う男はばかだなあ」

「これまで金のために何千回とセックスしてきたが、セックスを楽しいと思ったことは一度もない。苦痛です。本当に苦痛です」

「彼氏ができてからは男性客へのフェラチオやキスなどはやりたくなくなった」「(客との本番中も)彼氏の顔を思い浮かべて、ずっと目をつぶって、彼氏にされてるんだって思うようにしてる。そう、思わないとやれないんです。」

「わりきりのセックスは、基本的には苦痛・・・ガマン、ガマンだね。お金のことを考えながらガマンする。でも一応、礼儀として『気持ちいい』という演技はする。相手は誰も気づいてないよ。」            (荻上2012)

貧困とジェンダー不平等

買春客による暴力・暴言・殺害

 

買春の相手をする女性たちが直面する苦痛は上記だけではありません。買春客はしばしば暴力を振るったり盗撮したりします。つい最近も、2021年6月、立川のホテルで、性売買女性が買春客に滅多刺しにされて殺害されるという残酷な事件がありました。犯人の男は、最初から性売買女性を狙ったと言っているそうです。

 

実は買春者による性売買女性への暴力や殺害は、昔から数限りなく繰り返されてきたことです。たとえば象徴的な事件として、「池袋買春男性死亡事件」と呼ばれる、以下のような事件がありました(1987年)。池袋のホテルで、買春客が性売買女性を殴打したり、ナイフで刺したり、両手両足を縛り付けて「〇〇は公衆便所です。やりたくなったら来てください」等の屈辱的な言葉を言わせ、様々な陵辱的性行為を強いた上、一連の行為をビデオで撮影していた事件です。女性は殺されるのではないかとの恐怖を抱き、隙を見て男からナイフを奪い取り、正当防衛のために男を何度も刺したので、男は失血死しました。

 

買春者が暴力を振るうかどうかを性売買女性や性売買店が事前に察知することは、不可能です。実際、池袋買春男性死亡事件の当事者女性はこの男を最初に見たとき、「やさしそうな人」だと思ったといいます。

 

この事件では、裁判の過程で裁判官の性売買女性に対する差別的認識も明らかになりました。裁判官は判決で、性売買女性の性的自由・身体の自由に対する侵害は、「一般の婦女子」よりも「相当に減殺して考慮せざるをえない」と述べたのです。性売買女性に対する性暴力がなかなか暴力として世間に認識されない問題点が明確に表れています。

 

自発か強制か?――女性を性売買に誘導する社会

 

世間では、性売買女性が自らすすんでその「商売」を選んでいるという先入観があります。しかし、どこからが自発でどこからが強制だと簡単に言えるのでしょうか? 両者は明確に区分できません。性売買女性の経験に共通して見いだせることは、貧困や虐待、借金を抱えるなかで、なんとか生きのびようとしたとき、そこに多くの性売買への入り口があり、性売買に入っていくしかない心境に追い込まれたということです。SNSや路上、宣伝カーや看板の「割りのいいバイト」「高額保証」という求人募集がデリヘルの勧誘だったり、友人・知人に誘われたり(その人に紹介料が入る)、ホストに高額な売掛金をしかけられ性売買を強制されたり……。つまり、私たちの社会は、弱い立場に置かれた女性たちを性売買に誘導する社会になっているのです。

 

貧困や家庭内における親・兄弟からの暴力や性的虐待によって自宅に居場所を失い、街をさまよう10代女性たちが数多く存在しています。そうした女性たちは、その日の寝場所を探して、生き抜くすべを探して、買春男性や性風俗スカウトたちの勧誘についていかざるをえない状況にあります。その結果、強かんされたり、合法・違法の性産業で働くことを選びとらされたりする現実があります。性風俗店は住むところや食事を用意して彼女たちを待ち受けている場合があるのです。日本の社会福祉は、貧困や暴力を避けて自宅を脱出した女性たちが安心して身を寄せることのできる公的な場所をほとんど提供できていないからです(仁藤2013、2014)。

 

労働現場での女性の地位が低い日本では、非正規雇用に女性が多く、成人女性の貧困も深刻です。上司のパワハラで精神的に追いつめられて失職を余儀なくされたある女性は、家賃を支払うためにデリヘルで働くことになり、半年ほどで心身のバランスを崩して起き上がれなくなったと言います(飯島2016)。前述の「なまぽちゃん」さんも、お金がなくて性売買せざるをえませんでした。親戚との借金のトラブルに巻き込まれ、借金返済のためにお金を稼げるイメージの性産業に参入せざるを得なかったのです。女子大学生のなかにも、学費や生活費を支払うために性風俗でバイトをせざるをえない人たちがいます。

 

なかでもシングルマザーの貧困が深刻なことは、かねてから指摘されています。昼間の仕事だけでは十分な収入が得られずに、出会い系や性風俗で性を売ることで懸命に生きている人たちがいることが明らかにされています(鈴木2015)。あるシングルマザーの女性は、消費者金融などに借金をつくった夫と離婚した後、うつ病になってしまい、職場を辞めざるを得なくなった結果、出会い系サイトを通じて性を売るようになったと言います。夫の暴力から逃れて離婚した結果、非正規雇用の賃金だけで生活できず、性風俗に入っていく人たちもいます。

 

つまり、女性に性売買を選びとらせる構造――社会的強制ともいうべき状況が、私たちの社会には広がっているのです。

性搾取の方

しかも、性売買とその周辺には、女性が自発的に選びとったかのように見せかけて、性売買に誘導し、性売買から抜け出られないようにする方法が存在しています。

 

昔からある方法が、様々な名目の借金を女性に負わせ、その返済のためにやめられなくさせる方法です。『最後の色町 飛田』や『沖縄アンダーグラウンド』は、大阪・飛田、沖縄・宜野湾市真栄原で、サラ金からの借金の返済のために性売買を強要されている女性たちの肉声を伝えています。また、『売春島 「最後の桃源郷」渡鹿野島ルポ』では、男が意図的に女性が自分を好きになるようにしむけ、「売春島」とかつて呼ばれていた三重県・渡鹿野島へ送り込み、多額の現金とひきかえに女性を性産業で働かせるという人身売買的な状況が明らかにされています。

 

こうした方法は、戦前から存在しますが、現在でも国境を越えて行われています。韓国のムンチ・メンバーは言います。様々な名目の多額の借金を負わされて、韓国から日本の性売買店に「売られる」性売買女性たちも多い。そしてそれは決して過去のことではないと。韓国のみならず、さまざまな外国からもこうした方法で女性たちが日本に人身取引されてきているのです。

 

 女性が性売買を「自発的に」選び取ったかのように見せかける役割の男が、いわゆる「ヒモ」です。自分と関係のある女性(恋人・妻など)の性売買から利益をあげる男のことを古くからヒモと呼んでいます。よくあるケースは、男が女性に暴力で、あるいは自分に対する女性の愛情を利用して、彼女を性売買で働いて儲けるしかないと思わせ、誘導するケースです。彼女の性売買からの収入を自分のものにする男もいます。男の借金を返済するために、サラ金などに借金をしたことをきっかけにして、高率の利子で増額していく借金の返済のために性産業で働くことを強いられ、そこから抜け出られなくなる女性たちがいます。

 

近年では、女性が自発的に選び取ったようにみせかけて性売買に誘導する新しい方法が次々と編み出されています。たとえばホストや「メン地下(メンズ地下アイドル)」です。性売買女性がホストクラブに通って多額のお金を使うように仕向け、その返済のために性売買をやめられなくする方法です。ホストクラブに通えない18歳未満の少女たちに対しては「メン地下」を仕向ける方法があります。「メン地下」を応援するためにお金が必要になった少女たちを性売買に誘導するのです(仁藤夢乃「日本の性売買の現場から」2022)。

2023年には、ホストがSNSなどで若い女性たちに近づき、恋愛感情を利用してホストクラブにハマらせ、高額な売掛金(つけ払い)を抱え込ませ、その返済を名目にして客の女性に性売買を斡旋するなどの悪質なケースが大きな社会問題になりました。

 

貧困とジェンダー不平等

 

上記で述べた内容について、「経済的に豊かになり、男女平等がすすんだ今の日本では、そのようなことはあったとしてもごく一部のことで、多くの女性は自らすすんで性売買を選び、普通に働いている」「性売買を選んだ女性自身の自己責任なのであり、自業自得だ」といった意見が必ず出てきます。

 

しかし、忘れてならないことは、現在の日本では不安定な雇用が著しく進み、生活難は広がるばかりだということです。そのうえ、ジェンダーギャップ指数(2023年)146国中125位という順位が示すように、日本は著しくジェンダー不平等な社会です。労働現場が女性にとって過酷になっているなかで、深刻な女性の貧困が存在しているのであり、他方で権力やカネの力で性的欲求を満たすことを当たり前と思っている男たちの需要にあわせて、多種多様な性売買が存在しているのです。

 

条件のよい職場をみつけられずに、むしろ性売買の方がましだという判断をせざるをえない場合があるほど(実は性売買にも参入できずに生存の危機にさらされている女性たちもいます)、女性たちにとっては理不尽な状況が存在しています。

 

さらに重要なことは、上記のような性売買への誘導や性搾取の方法は、今にはじまったことはなく、長い歴史を持っているということです。性売買は一見、めまぐるしく変遷をとげ、多様化しているように見えますが、貧困とジェンダー不平等を背景にした、虐待、ヒモ、借金、客の暴力が存在しているという点では驚くほど似た状況が続いています。たとえば、30年以上前の1987年に出版された兼松左知子『閉じられた履歴書 新宿・性を売る女たちの30年』には何人もの性売買経験女性のライフ・ヒストリーが出てきますが、近年の性売買女性の経験と読み比べてみても、たくさんの共通点が見いだせることに気づかされます。こうした状況は、世界的にもかなり共通しています。

 

私たちは、性売買女性の声に敬意を払って真摯に耳を傾け、彼女たちの困難がその人たち自身の自己責任なのではなく、私たちの社会が生み出した貧困やジェンダー不平等に基づく社会問題だという認識を広げてゆくべきだと思います。そして、家庭と職場をはじめとする社会のあらゆる面でジェンダー不平等をなくし、性売買をしたくない人たちが、それ以外の方法で生きてゆける社会をつくっていく努力を多くの人たちが手を取り合ってすすめていかなければなりません。    

​                                   (2024.3.8)

 

<参考文献

  • シンパク・ジニョン(2022)『性売買のブラックホール』ころから

  • ポムナル(2023)『道一つ越えたら崖っぷち』アジュマブックス

  • 性売買経験当事者ネットワーク・ムンチ(2023)『無限発話ー買われた私たちが語る性売買の現場』梨の木舎

  • 宮本節子(2016)『AV出演を強要された彼女たち』ちくま新書

  • 仁藤夢乃(2013)『難民高校生』英治出版(ちくま文庫、2016年)

  • 仁藤夢乃(2014)『女子高生の裏社会』光文社年

  • 鈴木大介(2008)『家のない少女たち』宝島社

  • 鈴木大介(2015)『最貧困シングルマザー』朝日新聞出版

  • 鈴木大介(2014)『最貧困女子』幻冬舎

  • 荻上チキ(2012)『彼女たちのワリキリ』扶桑社

  • 飯島裕子(2016)『ルポ 貧困女子』岩波書店

  • 藤井誠二(2018)『沖縄アンダーグラウンド』講談社

  • 井上理津子(2014)『さいごの色街 飛田』筑摩書房

  • 高木瑞穂(2018)『売春島』彩図社

  • 兼松左知子(1987)『閉じられた履歴書 新宿・性を売る女たちの30年』朝日新聞社(文庫版1990年)

  • つばき(2024)『時給7000円のデリヘル嬢は80万円の借金が返せない。』ころから

  • 「【池袋・買春男性死亡事件:前編】2時間6万円で買われた“ホテトル嬢”が客を殺めるまで」サイゾーウーマン2019/12/01 19:00

  • 「【池袋・買春男性死亡事件:後編】男の性欲は『ジョークでかわせ』『真に受けた女が悪い』30年前の報道から現在へ」サイゾーウーマン 2019/12/02 20:10

​  https://www.cyzowoman.com/2019/12/post_259275.html

  https://www.cyzowoman.com/2019/12/post_259338.html

  • 池袋事件を考える会『「池袋・買春男性死亡事件」報告集』1988年

  • 「悪質ホストクラブ 売掛金問題の実態!歌舞伎町で相談に応じる代表“一部のホストクラブ「マインドコントロールテクニック」研修も”」NHK首都圏ナビ、2023年11月28日https://www.nhk.or.jp/shutoken/newsup/20231120a.html

買春客による暴力・暴言・殺害
自発か強制か?――女性を性売買に誘導する社会
性搾取の方法
参考文献
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