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紫色の背景

入門編 4

性売買に関する法制度

 

性売買を禁止する場合でも、容認する場合でも、その前提には法律の存在があります。つまり、ある社会における性売買のあり方と法律の存在とは、切り離せない関係にあります。ここでは、性売買に関してどのような法制度があるのかを紹介します。

新しい法制度

 

最初に、2000年ころから世界の国々で登場または主張されてきた法制度を簡単に紹介します。①「北欧モデル」、②「合法化」、そして③「包括的非犯罪化」です。

 

北欧モデル

これは、1998年にスウェーデンで初めて成立した法制度で、「ジェンダー平等モデル」とも呼ばれます。その特徴は、(i)性売買業者の営業を処罰することに加えて、買春をも処罰すること、(ii)その一方で、性の売り手は、業者や買春者による性的搾取の被害者として処罰せず、性売買からの離脱支援の対象にするという法制度です。世界7カ国、3地域に広がっています(☞入門編5「北欧モデル」)。

 

「北欧モデル」は、以下に紹介する「廃止主義」が発展した法制度で、それゆえに「新廃止主義」とも言われます。ちなみに本サイトは、北欧モデルの法制度を支持しており、日本の性売買に関する法律を北欧モデル型に改正すべきだと考えています。

 

合法化

これは、国や自治体(以下、単に国とします)が許可した業者や性の売り手に、性売買の営業を許可する法制度です。国は許可するにあたって、公衆衛生や社会道徳の維持という観点から業者や性の売り手にさまざまな条件を課して管理します(性病検査、衛生管理、出店立地規制など)。以下で紹介する「規制主義」の別名です。

戦前、ヨーロッパ諸国や日本に存在した「公娼制度」が「合法化(規制主義)」の代表例です(「公娼」とは「公に営業を許された娼婦」を意味します)。また2000年前後に、ヨーロッパ諸国を中心にいくつかの国が、「廃止主義」から「合法化」に法制度を変更しました。戦前の公娼制度と区別するために、2000年前後からの「合法化」を「新規制主義」と呼ぶこともあります(入門編8「性売買を合法化した国で何が起きたか?」)。

包括的非犯罪化

これは、性売買の売り手、買い手、業者のすべてについて(つまり包括的に)法律による処罰をなくすことを求める主張で、一部のセックスワーク論者が唱えるものです。

これを支持する者は、性売買の3アクターのうち1つでも法律で処罰すれば、性の売り手を危険に陥れると言います。たとえば、「北欧モデル」は売り手を処罰しませんが、業者と買い手を処罰するため、結果的に売り手の安全な取引きを妨げていると批判します。

 

「包括的非犯罪化」の支持者は、「合法化」に対しても批判的です。その理由は、「合法化」が公衆衛生や社会道徳の維持という目的で、業者や売り手にさまざまな条件を課すからです。それらの条件には、性売買は社会道徳に反するというネガティブな認識を前提にしてるもの(出店立地規制、未成年者の立ち入り禁止、客引き禁止など)、条件を満たさずに営業した違法業者には営業取消し処分や罰則を科すもの(無許可営業、立地規制違反、構造施設違反など)があります。「包括的非犯罪化」の支持者は、そうした条件が「セックスワーカー」への社会的な偏見や排除につながると批判し、撤廃を求めています。

しかし、そのような条件を完全に撤廃した「包括的非犯罪化」を採用している国は、世界でどこにもありません(「包括的非犯罪化」の例としてあげられることが多いニュージーランドも、実は規制を伴う「合法化」です)。どこにもない理由は、性売買のように肌を密着させ、生殖器官に直接接触し、感染症の罹患リスクなどが非常に高い行為はほかになく、公衆衛生の維持・向上の義務を負う国が店舗や働き手の衛生管理をしないわけにはいかないからです。また、立地規制がまったくない国、つまり役所や学校の隣に性売買店舗の出店を認めるという国もどこにもないからです。

実際に存在していないし、存在しえないであろう「包括的非犯罪化」を、本サイトは1つの法制度としては扱いません。

 

旧来の法制度

 

上記の新しい法制度が登場または主張される以前から存在する性売買に関する旧来の法制度を紹介します。①「禁止主義」、②「規制主義」、③「廃止主義」です。

 

詳しく見る前に、それぞれを簡単に紹介します。

禁止主義・・・・・・性売買の売り手、買い手、業者のすべてを禁止・処罰する法制度。世界各地に存在しますが、先進国で採用している国はアメリカです(ただし一部の州を除く)

規制主義・・・・・・国が定める条件を満たした業者、売り手に性売買を許可した上で、規制・管理する法制度。戦前の公娼制度が代表例です(採用していた国にフランスや日本など)。戦後、多くの国がいったん次の「廃止主義」を採用しますが、2000年前後から再び「規制主義」(「合法化」)に戻る国も出ています。

廃止主義・・・・・・性売買の廃絶を目指し、性売買業者の営業を禁止・処罰する法制度。国際条約の立場で、戦後多くの国が採用しました。2000年前後から、業者の営業に加え買春も処罰して性売買廃絶の方針を強化する国(新廃止主義=北欧モデル)と、業者の営業を許可して規制・管理する方向に転じる国(新規制主義)に分岐しています。

表1.png
新しい法制度
旧来の法制度

以上の説明はそれぞれの法制度の理念的な純粋型であり、実際にはいわば不純型が存在します。たとえば、「廃止主義」は性の売り手を「性を売った」ことを理由で処罰しませんが、「公然と客を勧誘した」ことを処罰するというかたちで性の売り手処罰を採用している場合が多く見られます。また、稀な例として日本のように、業者処罰の対象を「性交」を行なわせる営業に限定し、「性交類似行為」を行なわせる営業を容認するという、「廃止主義」と「規制主義」の二本立てのような法制度を採っている国もあります。ある国の法制度が実際にどうなっているかは、慎重な検討が必要となります。

​では以下、3つの旧来の法制度について1つ1つみてきます。

 

禁止主義

 

禁止主義の法制度は、性売買にかかわるすべての行為、つまり性を売ること、買うこと、そして両者を仲介する第三者の行為が処罰されます。現在でも中近東、アフリカ、アジアを中心に多数、存在しています。先進国では、例外的にアメリカ採用されています(ただしネバダ州は規制主義、ハワイ州・メイン州は北欧モデル)。禁止主義のもとでは、性売買の世界に入ることは犯罪に手を染めることを意味しますから、経済的理由などから性を売らざるを得ない人には、非常に苛烈な法制度と言えます。

 

禁止主義は、法律上、性売買の3アクターすべてを処罰することになっていますが、男性優位社会を反映して、実際に逮捕されることが多いのは性の売り手、つまり女性です。買い手の男性が処罰されることもありますが、大目にみられることも多くあります。業者は、しばしば警察を買収して摘発を免れます。最悪の場合は、業者と警察が癒着し、性売買の闇市場が隠然と広がります。性の売り手も法律上犯罪者であり客の暴力からの保護を国に求められず、業者に頼らざるを得ないため、結果的に業者の支配下に置かれます。

 

1980年代になると、ほとんどすべての州で禁止主義を採っているアメリカで、禁止主義の法律は、売り手の女性に対する人権侵害だという主張が強くなります。そこから、性を売る女性の人権を回復・実現するためには「性を売る行為を合法化すべきだ」「そのために性を売ることをワークと認めるべきだ」という「合法化」論(新規制主義)や「セックスワーク」論の1つの潮流が生まれました。

しかし、注意すべきは、そのような主張は「廃止主義」をとっている国(日本も含まれます)にはストレートには当てはまらない、ということです。なぜなら、廃止主義の法制度では、「非合法(処罰)」なのは業者の営業行為だけで、性を売る行為はそもそも「合法(不処罰)」だからです。よって廃止主義の国で唱えられている「合法化」論や「セックスワーク」論の本質は、業者の営業活動の合法化(非処罰化)であることに注意すべきです。

規制主義

 

規制主義とは、国が定める条件を満たした業者や性の売り手に営業を認めるもので、国の規制・管理を通して、性売買に伴う社会的弊害(たとえば、性感染症の広がりや性道徳の悪化など)を低減しようという法制度です。

 

規制主義の根底には、次のような考えがあると言えます。性売買は社会悪、つまり社会の矛盾から必然的に生じる害悪の1つであり、法律で禁止しても根絶することはできず、闇市場が生まれるだけだという考えです。したがって、性売買を行なうルールを定め、それに従っている限りは認め、ルールに違反した場合だけ取り締まるべきだ、ということになります。

 

規制主義の代表例は、①戦前の公娼制度と、②戦後、いったん「廃止主義」を採用した後に業者の営業の合法化に転じた国々があります。

①戦前の公娼制度

ヨーロッパの多くの国や日本に存在し、性売買女性を登録し、定期的な性病検診を課した上で、許可された業者のもとで性売買を行なわせるものでした。日本の場合は、公権力が定めた地域に店と女性が集められ(遊廓、集娼制)、そこで多くの女性は前借金を背負わされ、人身を拘束されてほとんど抜け出すことができない状態に置かれていました。このような人身売買に基づいた公娼制度の「廃止」を求めたのが、次節でみる「廃止主義」です。

 

②戦後の規制主義

実質的に性奴隷制度であった公娼制度は、戦前から戦後にかけて廃止され、業者の営業が禁止・処罰されるようになりました(廃止主義の採用)。しかし、廃止主義を採用した国の一部に、業者の営業を合法化し、再び「規制主義」に戻る国が現れました。

 

この動きの最も早い例は、オーストラリアのビクトリア州(1984年)で、その後、スイス(1992年)、スペイン(1995年)、オランダ(2000年)、ドイツ(2001年)、ニュージーランド(2003年)などが続きました。

 

規制主義(業者の営業の合法化)に転じる際に主張された理由は、「害の低減(ハーム・リダクション)」であり、それによって性の売り手の権利が実現し、安全や尊厳が守られるはずだ、ということでした。

 

合法化国で、性売買業者や性の売り手が営業するには、さまざまな条件を満たす必要があります。営業を許可された業者には、安全・衛生管理義務、出店立地規制などが課せられ、性の売り手は登録され、定期的な性病検診を義務づけらたりします。こうした義務に違反したら、営業停止処分や刑罰を科されます。

しかし、業者の営業を「合法化」しても、性の売り手の安全や尊厳は決して確保されていません。「合法化」国の現状については、☞入門編8「性売買を合法化した国で何が起きたか?」を参照してください。

 

廃止主義

 

①廃止主義と1949年条約

廃止主義は、性売買の廃絶を目指し、性売買業者の営業を禁止・処罰する法制度で、戦前の公娼制度の「廃止」を求める「廃娼運動」から生まれました。19世紀後半、ヨーロッパ各地の公娼制度で人身売買の被害者が性を売らされている実態が批判されるようになり、廃娼運動が国際的に盛んになりました。その成果として、1921年までに「女性および子どもの人身取引禁止に関する国際条約」などが締結されました。

 

廃止主義は、戦後の国際条約にも引き継がれ、1949年に国際連合(国連)で採択された「人身取引及び他人の性売買からの搾取の禁止に関する条約」(以下、1949年条約)が、廃止主義の最もスタンダードな考えを示しています。そこでは冒頭で次のように述べられています。

 

「性売買、およびこれに伴う悪弊である性売買を目的とする人身取引は、人としての尊厳および価値に反するものであり、かつ個人、家族および社会の福祉を損なう〔・・・・・・〕」

 

そして、次のように性売買業者の営業の規制主義(合法化)を明確に禁止しています。

 

  • 性売買店の経営の処罰。性売買店であること知った上での融資の処罰(2条)

  • 性を売らせるために他人を勧誘することの処罰。性を売る者から搾取することの処罰(1条)。いずれも、性の売り手本人の同意があっても処罰される。

  • 性を売る者の登録制度の廃止(6条)

 

また、性の売り手については、以下のように定められています。

 

  • 教育、保健、社会、経済その他の機関を通じて、性売買の被害者の社会復帰と社会適応のための措置をとること(16条)

 

※ 以上の訳では政府公定訳を次のように変えた。「売春(prostitution)」→「性売買」、「人身売買(traffic)」→「人身取引」、「更生(rehabilitation)」→「社会復帰」、「社会的補導(social adjustment)」→「社会適応」

 

日本はこの条約に、売春防止法が完全施行された1958年に加入しました。現在、イギリス、デンマーク、フィンランド、インド、エジプト、ブラジルなど82カ国が批准しています。条約を批准していない国も含めて、廃止主義の法制度は、戦後多くの国に採用され、戦後の標準的な法制度となりました。

 

②廃止主義の「失敗」

しかし、1949年条約に示された廃止主義にも、弱点がありました。それは、性売買における搾取者を業者だけに限定し、もう1人の搾取者である買春者についてまったく触れていなかったことです。いわば、性売買の「需要抑制」を欠いていたのです。

 

もう1つの問題は、1949年条約に示された廃止主義のスタンダードが、各国の国内法に落とし込まれる時に、歪められることがしばしば生じたことです。一番の問題は、売り手処罰が入れられたことです。廃止主義は性の売り手を搾取の被害者ととらえるがゆえに処罰しないはずなのに、各国の国内法にはしばしば、路上の徘徊や公然と客を勧誘する行為などを処罰するというかたちで、性の売り手の処罰規定が入れられました。日本の売春防止法にも5条で公然勧誘罪が規定されています。買春者が、性の売り手を品定めするために路上を徘徊したり、女性に公然と買春を持ちかけたりすることも頻繁に発生していますが処罰されませんから、これらは明白な差別規定と言えます。

 

また、廃止主義では性の売り手は本来、被害者として保護され、権利を回復されるべき存在であるのに、これらの売り手処罰規定は、それと正反対に性の売り手を犯罪者として扱います。それは、性の売り手の法的地位を著しく低く不安定なものにするとともに、性の売り手への社会的な偏見を生み出す源泉にもなっています。

戦後の廃止主義に含まれていた弱点(需要抑制の欠如)、各国国内法での歪曲(勧誘罪などの売り手処罰など)によって、「性売買の廃絶」という廃止主義の法制度の目的は、どこの国でも達成されませんでした。需要抑制がないために、買春者は後を絶たず、違法を承知で営業する業者も無数に存在し、売り手は徘徊罪や勧誘罪によって犯罪者扱いされるという、「廃止主義の失敗」という状況が(日本を含む)多くの国で生じました。

③「廃止主義の失敗」への2つの対応

「廃止主義の失敗」といいうる状況から、2000年前後に、2つの正反対の対応が世界各国で生まれます。1つは、「害の低減」を目指し、業者の営業を合法化して再び「規制主義」に戻る動きです(新規制主義=オランダ、ドイツなど)。もう1つは、業者だけでなく、「もう1人の搾取者」たる買春者も処罰して性売買の需要を規制することにより、性売買の廃絶という目標に向けて対策を強化する国です(新廃止主義=北欧モデル=スウェーデン、フランスなど)。

 (2024.3.8)

〈参考文献〉

  • シンパク・ジニョン(2022)、金富子監訳『性売買のブラックホール──韓国の現場から当事者女性とともに打ち破る』ころから、第5章「世界の性売買」

  • 森田成也(2021)『マルクス主義、フェミニズム、セックスワーク論──搾取と暴力に抗うために』慶応大学出版会、第4章「売買春とセックスワーク論──新しいアボリショニズムをめざして」

禁止主義
廃止主義
参考文献
規制主義
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