top of page
紫色の背景

入門編 5

北欧モデル──ジェンダー平等モデルの法制度

ジェンダー平等が進んだスウェーデン

 

スウェーデンは、世界的にジェンダー平等が最も進んでいる国の1つです。ジェンダーギャップ指数の公開が始まった2006年から現在まで、つねに世界で平等が進んだ国のトップ5位以内です。そのスウェーデンが性売買に関して成立させたのが、「性的サービス購入罪」(本サイトでは「買春罪」)です。

 

スウェーデンの「買春罪」は、1998年7月に議会で「女性の安全一括法」の1つとして可決されました(施行は1999年1月)。現在は刑法に盛り込まれています。その主要部分は、次のような内容です。

 

 

 

 

 

これによって、スウェーデンは、世界で初めて、業者に加え性を買う者を処罰し、性を売る者は処罰しないという法律を持つ国となりました。現在では、7カ国(スウェーデンのほかノルウェー、アイスランド、カナダ、フランス、アイルランド、イスラエル)、3地域(北アイルランド、アメリカのハワイ州、メイン州)に増えています。アジアでは、韓国が準北欧モデルを取り入れました(2004年性売買処罰法)。

 

この項目では以下、スウェーデンで買春罪の制定にいたった経緯、買春罪がスウェーデン社会にもたらした影響、買春罪に対する批判の妥当性についてみていきます。

 

どのようにして制定されたか?

 

スウェーデンも、19世紀には公衆衛生上の観点から、自治体が公娼制度を持っており、性を売る女性を登録・管理していました(Svanstrom, 2000。それは、廃娼を求める女性運動の力により、最終的に1919年に廃止されました。

 

しかしスウェーデンの廃止主義(業者の営業処罰)は中途半端でした。性売買の斡旋行為等は刑法で禁止されていましたが、性売買店の経営は禁止されていませんでした。また、性を売る行為そのものを処罰する法律はありませんでしたが、性の売り手は浪者取締法の対象にされたのです(同法の廃止は1964年)。その結果、性売買はスウェーデンでもずっと社会問題として存在していました。

 

これに対して政府は、2度にわたって性売買の検討委員会を設置しました。検討委員会の最初の勧告(1981年)は性売買の合法化(業者の営業の合法化=規制主義)で、2度目の勧告(1995年)は、性を売る行為も買う行為も処罰する(禁止主義)という勧告でした。

 

しかし、女性運動の団体の大半はどちらの勧告にも反対しました。そして、2度目の勧告に対して、一部の女性団体から性を売る行為を処罰せず、買う行為と業者の営業を処罰するという案が提案されました。この提案に超党派の女性議員が賛成し、続けて与党も賛同しました。そして1998年に政府が、「女性の安全一括法案」 (買春罪のほかDV罪の導入、セクシュアルハラスメント禁止の改正強化などを含む)を議会に提出し、成立したのです。

 

どのような考えに基づいて制定されたのか?

 

「買う側と業者を処罰し、売る側は処罰しない」──このようなスウェーデンの法制度は、明確な「ジェンダー平等」の考えに立脚して導入されました。スウェーデン政府のジェンダー平等局性売買・人身取引問題特別顧問が、政府法案(1998年)と「ジェンダー平等に向けた国家行動計画」(2002年)を基にまとめた分析によると、次のような認識が基礎にありました(Ekberg, 2018)。

 

 

 

 

 

 

このような認識から、次のような政策上の根本原則が出てきます。

 

 

 

 

 

 

買春罪の具体的な内容

 

買春罪の具体的内容を見ます。買春罪を構成する要件は次の3点です。

 

 

 

②の「不特定の相手方」とは、特定の相手(配偶者や恋人など)ではない、偶然的で一時的な相手ということです。相手が性を売ることを仕事にしているかどうかは関係ありません。

 

③の「性的関係」とは、「身体的接触を伴うあらゆる性的サービス」を意味しています。よって、日本の売春防止法が禁止する「性交(男女間の性器の結合)」は当然のこと、日本では風営法により適法な「性交類似行為(いわゆる手淫や口淫)」を買うことも「買春罪」に該当し処罰されます。身体的接触を伴わないストリップショーに行くことなどは該当しません。

 

​スウェーデンで買春罪で有罪となった件数の推移はグラフ1の通りです。

グラフ1 スウェーデンの買春罪(有罪件数)の推移

ジェンダー平等が進んだスウェーデン
どのようにして制定されたか?
買春罪の具体的な内容

刑法 第9章 第11条

 対償を与え、不特定の相手方と性的関係をもった者は、性的サービス購入の罪とし、罰金または1年以下*の懲役に処する。

*制定当初は6カ月以下

  • 性売買は、性別が明確な犯罪であり、男性による女性に対する暴力である。

  • 性売買の被害者は、大半が女性と女児であり、とりわけ経済的に貧しい女性、人種的に弱い立場にある女性が標的にされる。しかし、少なくない若い男性と男児もまた被害にあっている。

  • 性売買は、性を買われる者に被害を与えるが、社会全体にとっても有害で深刻な問題である。

  • 性売買は、国際的に承認された人権の原理、すなわち人間の尊厳、男女平等の権利と相容れない。

  • 性を買われる者は処罰されてはならず、行政上の制裁を受けてもならない。逆に、性売買の被害という暴力にさらされずに生きる権利を有する。

  • 性売買の需要(=買春)を解消することは、性売買政策の要である。需要(=買春)は、性売買の根本原因である。

①対償を与えること

②不特定の相手方であること

③性的関係を持つこと

どのような考えに基づいて制定されたのか?
図5�-1.png
出典:Substantive Equality Prostitution Law, 1999-2019より

買春罪がスウェーデン社会にもたらした影響

 

買春罪は、スウェーデン社会に大きな影響をもたらしました。買春罪が導入されてから約10年後の2010年に、政府はその影響を調査し、報告書を公表しました。それによると、次のような結果が出ました。

 

 

もう1つ重要な影響は、国民世論の変化です。買春罪導入後、買春罪を支持する人の割合が増えたのです。グラフ2のように、買春罪導入以前の1996年の調査では、買春罪に反対が7割近くを占め、賛成は3割程度しかありませんでした。しかし、買春罪が施行された1999年から2014年までに実施された4回の異なる調査では、いずれも買春罪に賛成が7割前後に増え、反対は2割を切るようになりました。買春罪導入の前後で賛否が逆転したのです。

 

グラフ2 スウェーデンにおける買春罪の賛否

買春罪がスウェーデン社会にもたらした影響
  1. スウェーデンの各都市で、路上で性を売る者の数がはっきりと減少した。

  2. 性売買の闇市場の拡大を抑えることができた。

図5-2.png
出典:Substantive Equality Prostitution Law, 1999-2019より

性の売り手への支援策

 

では、性の売り手に対しては、どのような支援策が提供されているのでしょうか。北欧5カ国の男女平等担当大臣が性売買政策を議論した会議の報告書から、スウェーデンの取り組みを紹介します。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

買春罪への批判は妥当か?

 

スウェーデンの買春罪は、1999年の施行直後から論争の的になりました。批判は、次の2点に集約できます。

 

 

 

 

1点目については、上でも述べましたが、2010年の政府報告書が各都市の街頭で性を売る者が減ったと報告しており、その点については争いはありません。問題になったのは、街頭での性売買がインターネットを介した性売買に移行したのではないか、という点です。しかし2010年政府報告書は、この点についても概要、次のように指摘しています。〈買春罪を導入していないデンマークやノルウェーに比べて〔ただしノルウェーは2009年に導入=引用者注〕、買春罪を導入したスウェーデンにおいてインターネットを介した性売買が顕著に増えていることはなく、街頭の性売買がインターネットに移行したという推測は誤りである〉。

 

2点目の批判は、具体的には次のような点を指摘します。「客との交渉時間が減り、客の危険度を見極められなくなった」「買春罪導入の結果、街頭から『まともな客』が減り、異常で危険な客が増え、街頭で性の売り手が危険な目にあうようになった」「買い手からの暴行等の被害を受けても、警察に助けを求められなくなった。警察から買い手の捜査の協力を求められるのを恐れるからである」などです。

 

こうした批判に対して、2004年の政府全国保健福祉委員会報告書と2010年政府報告書は、大要、次のように指摘しています。〈買春罪の導入によって、客から性を売る者への暴力等が増えたという確固たる証拠はない。また、買い手が処罰を恐れるせいで、性の売り手が商売をしにくくなった事実は、逆に買春罪が機能していること表しており、性売買と闘うという目的からきていることであり、法律が機能していることを示している〉。

 

買春罪の導入により性売買の市場規模を縮小した結果、女性の「性を売らずに生きる権利」が拡大し、それが女性の生命の安全に大きく寄与したことが見落とされてはなりません。Nordic Model Now!というサイトには、主要な性売買合法化国と北欧モデル導入国において、法改正後に買春客と業者(ヒモ)に殺害された性売買女性の人数が比較されています(ドイツとスウェーデンに関しては統計の年と法改正の年が1~2年ずれています)。それによると、2002年に性売買が合法化されたドイツでは、2000年から2021年までの間に103人の性売買女性が殺害されており、2000年に合法化されたオランダでは、2000年から2020年までの間に30人、2003年に合法化されてニュージーランドでは2003年から2021年までの間に11人の性売買女性が殺されています。

 

 

図5-3.png
性の売り手への支援策
買春罪への批判は妥当か?
  • 性の売り手への支援は、官民両方によって行なわれている。公的支援は自治体が担っている。

  • 支援の主たる目的は、性の売り手が、性売買から離脱できるようにすることである。性の買い手の離脱支援もある。

  • 性の売り手への離脱支援は、官民ともに、路上または店舗で性の売り手へのアウトリーチやインターネットを通じて、カウンセリング、医療サービス、そして離脱支援プログラムが提供されている。ストックホルムの性売買担当部署には、医療ケア専門の部課まで設けられている。

  • 自治体は、性売買の予防政策として、学校で性売買に関する情報提供を行なっている。

  • 主要自治体には「KAST」(スウェーデン語の「性の買い手」の頭文字)という部課が設けられ、買春者が買春をやめるためのサポートを提供している。

  1. 買春罪の導入によって性売買が減少したという証拠はなく、性売買の需要=買春を抑制することで性売買を減少させるという立法目的は達成されていない。

  2. 買春罪は、性の売り手を危険に陥れるという負の効果を生んでいる。

それに対して、スウェーデンでは、買春罪が導入された1999年の翌年、2000年から2021年までの間に、殺された性売買女性は2人、2009年に買春罪を導入したノルウェーでは2010年から2020年までの間に1人でした。

 

2016年に買春罪を導入したフランスでは、スウェーデン、ノルウェーと違い、2016年から2021年までの間に12人と比較的多くの性売買女性が殺されています。合法化国のドイツ、オランダ、ニュージーランドの数字をフランスの人口に調整し、それぞれの国で1年間に性売買女性が殺された人数を計算すると以下のようになります。フランス=2.4人、ドイツ=3.79人、オランダ=5.41人、ニュージーランド=7.94人。やはり北欧モデルを導入したフランスのほうが、合法化国よりも殺される性売買女性が少ないことが示されています。

 

国際的な評価

 

北欧モデルは、性売買の中の女性の安全を守り、人身売買を減らすものとして、国際的に高く評価されています。欧州議会は2014年の決議(2013/2103(INI))で次のように述べています。

 

 

 


 

 

 

 

また、欧州評議会も北欧モデルが人身取引を減らすことについて2014年の決議1983で次のように述べています。


 

 

 

 

 

同決議は他方で、合法化については成果が限定的だと批判的に述べています。

 

最後に、2019年にフランスのビアリッツで行なわれたG7サミットにおいて、ジェンダー平等諮問委員会が行なった提言でも、北欧モデルについて次のように評価されています(提言17ページ)。

 

まとめ

性売買業者の営業と買春を処罰し、売り手に性産業から離脱する支援を提供する「北欧モデル」の法律は、1998年に初めてスウェーデンで成立し、世界7カ国3地域に拡大しています。批判論にもかかわらず、北欧モデル立法は、性売買の市場規模を縮小させ、人身取引を減らすことを国際的にも評価されています。それは、性の売り手の生命と安全が守られることに寄与し、性売買に対する社会意識の変化も促します。北欧モデルの法律は、より多くの人に「性を売らずに生きる権利」を保障することを通じて、買春被害にあう恐れのあるすべての人の安全の拡大に寄与するのです。

 (2024.3.8)

 

<参考文献>

  • 29項 性的搾取を目的とした女性と女児の人身売買と闘い、ジェンダー平等を推進する方法の1つが北欧モデルであることを認める。

  • 31項 北欧モデルが、スウェーデンにおける性売買と性的人身売買の増加を抑制すること確証する基礎資料が存在する。〔・・・・・・〕北欧モデルは、ますます多くの人(とくに若年層)から支持されるようになっており、立法が社会意識の変化をもたらすことを示している。

  • 5項 スウェーデンは性的サービスの購入を犯罪化した最初の国であり、人身売買の需要を減らすという点で好ましい結果が実証された。

  • 12項 加盟国への要請

12.1.1 人身売買を防止し、これに対抗するための最も効果的な手段として、スウェーデンのモデルに基づいて性的サービスの購入を犯罪化することを検討すること。

  • 5項 〔他の加盟国は〕性労働者の労働条件を改善する目的で、性的サービスの販売と購入の両方を合法化することを選択したが、その成果は限定的であった。

さまざまな調査によると、人身売買や性売買によって搾取される女性の数は、「北欧モデル」のアプローチを採用している国では著しく少ない

国際的な評価
まとめ
参考文献
bottom of page